ユニバーサルデザイン(河瀬大介)

こんな言葉をよく聞きます。「だれもが住みやすい街」「だれにも使いやすい道具を」--。多くの場合「高齢者にも障害者にも」と続きます。ちょっと考えてみましょう。この言い方、どこかおかしくないでしょうか。「だれも」なら、人すべてのこと。高齢者や障害者を別扱いすることはありません。こんな素朴な考え方が、いま実際の取り組みになりつつあります。(河瀬大介

バリアフリーから「ユニバーサルデザイン」へ(1999年1月)

本格的な高齢社会となる21世紀、街づくりや商品開発のキーワードとなるはずの理念は「ユニバーサルデザイン」と呼ばれています。

障害者や高齢者に限らず、みんなに使いやすい

スロープ

福祉や建築の話題で「バリアフリー」という言葉なら、耳にした人は多いはずです。高齢者や障害者にとっての「障壁」をなくすことを目指します。建物や道路に段差があれば、車いすを使っている人のために、スロープを設置するのがその1例です。

阪急伊丹駅の駅舎

ユニバーサルデザインは、だれにとっても障壁のない構造を最初から目指します。段差なら設計段階からなくします。すべての人に普遍的(ユニバーサル)に対応するのが基本です。その実例が、1998年11月に完成した阪急伊丹駅の新しい駅舎です。

車いすで簡単に

この駅のホームは3階にありますが、1階から車いすで簡単に行けます。エレベーターが利用でき、自動改札の通路が広く、車いすのままで通れるのです。1972年に建てられた高架の旧駅には階段しかなく、車いすの人は、だれかに運んでもらうしかありませんでした。

授乳室
音声誘導装置

ホームからは、渡し板なしに車いすで電車に乗れます。一般の駅よりホームが5センチ高くしてあり、電車の床面との高低差が小さいためです。広いトイレ、授乳室、目の不自由な人に改札の位置やエレベーターの位置を知らせる音声誘導装置もあります。

建物のデザインや設備
伊丹市民の声

建物のデザインや設備は伊丹市や障害者を含む伊丹市民で委員会を作り、1996年4月から検討。伊丹市民の声が反映されています。

エレベーター2基

委員の1人で車いすを利用している女性は「最初はエレベーターも小さくて分かりにくい場所に計画されていました。みんなが使うからと2基にしてもらい、場所も入り口に近いところに変わりました」と話します。

車やバスも

だれにも使いやすく、との理念が生んだものは他にもあります。乗り降りの楽な車やバス。入れる方向を知らせるテレホンカードの小さな切れ込み。ユニバーサルデザインは、住宅から雑貨まで、身の回りのいたる所に取り入れられつつあります。

阪神大震災で崩壊

阪急伊丹駅は、1995年1月の阪神大震災で崩壊、「21世紀に向けてユニバーサルデザインに基づいた駅に」という伊丹市の要望に基づいて建て替えられました。交通エコロジー・モビリティ財団が福祉のモデル駅に選定し、駅前広場と合わせて7億5千万円を助成。駅の総工費100億円。地上5階地下1階建てで延べ2万4千平方メートル。スーパーや飲食店も入る複合的な商業施設も兼ねます。伊丹市もユニバーサルデザインを基本にした駅前広場(約5400平方メートル)の整備を進め、2000年末には完成の予定。

ノースカロライナ州立大学

バリアフリーは障害を持つ人、高齢者を社会から分けて考え、その社会参加を可能にするための手段。ユニバーサルデザインは障害を持つ人も高齢者も区別無く社会の一員として考えます。米ノースカロライナ州立大学のユニバーサルデザインセンターが示す原則がよく知られています。

運輸省が支援

鉄道駅のバリアフリー化に向けて、運輸省(国土交通省)も1999年から本格的に支援、助成を始めます。2010年までに「1日の乗降客が5千人以上で、ホームまでの高低差が5メートル以上ある駅」にエレベーターを設置するのが目標。事業者がエレベーターなどバリア解消の設備をつくる時は、事業費の3分の1ずつを国と地元自治体が補助。2000年度は50億円の予算が確定、100基程度のエレベーターが設置できる見通しです。

バリアフリーの歴史

1980年代初め、当時26歳の工業デザイナー、パトリシア・ムーアさんが3年間、お年寄りに変装して過ごし、街にバリアが多く、いかに高齢者に不親切かを「告発」。障害を持つノースカロライナ州立大のロナルド・メイス教授がユニバーサルデザインの考え方を提唱しました。

1990年7月には、障害による差別を禁止するADA法(障害を持つ米国人法)が成立。

日本では1994年、高齢者や障害者も使いやすい建物を促す「ハートビル法」が施行。1997年、通産省の「グッドデザイン賞」のなかに「ユニバーサルデザイン賞」が新設されました。